妊娠高血圧症候群 |
妊娠中毒症の定義が改定されて、「妊娠高血圧症候群:pregnancy induced hypertention:PIH」と称する事になりました。基本的な考え方は従来どおりですが、近年国際的に妊娠中毒症を狭く解釈して、高血圧を主症状にする考え方が強くなってきています。単に蛋白尿のみや浮腫のみの症状は妊娠中毒症とは言わなくなりました。
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定義 |
「妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないものをいう。」
妊娠中一時的に血圧が上がったり蛋白尿が出たりするのではなく、妊娠20週以降に高血圧症を発症し妊娠経過と共に増悪するような状態だと考えてください。 |
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妊娠高血圧症候群の原因とリスク因子について |
★原因
現在はっきりとした原因は解明されていませんが、2つの成因が考えられています。
1)胎児側の成因 胎盤形成障害による胎児胎盤系の循環を維持するために母体側が高血圧になる。
2)母体側の成因 下記に示すリスク因子を持っている。
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・高血圧家系 |
・初産婦 |
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・前回妊娠高血圧症候群の既往がある |
・非妊娠時の肥満 |
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・腎臓病の既往がある |
・初診時の高血圧 |
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・糖尿病の既往がある |
・初診時のむくみ |
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・甲状腺疾患の既往がある |
・初診時の蛋白尿 |
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・心臓病の既往がある |
・抗リン脂質抗体症候群 |
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・膠原病の既往がある |
・年齢(20才以下、40才以上) |
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・高齢妊娠 |
・多胎妊娠(双子以上) |
★成因別の発症時期と胎児の状態
1)胎児側の成因 妊娠早期に発症し、子宮内胎児発育遅延が起こりやすい。
2)母体側の成因 妊娠後期に発症し、胎児の発育障害は認めないかあっても軽度です。 |
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パターンによる分類 |
症状や妊婦さんの状況によって分類されます。下にいくほど重症度が増します。ご参考にして下さい。
★妊娠高血圧 妊娠20週以降に初めて高血圧が発症して、分娩後12週までに正常に戻るもの。
★妊娠高血圧腎症 妊娠20週以降に初めて高血圧が発症し蛋白尿を伴い、分娩後12週までに正常に戻るもの。
★加重型妊娠高血圧腎症
@妊娠する以前または妊娠20週以前に本態性高血圧症があり、妊娠20週以降になって蛋白尿を併発した場合。
A妊娠する以前または妊娠20週以前に本態性高血圧症と蛋白尿があり、妊娠20週以降になってどちらか片方または両方が増悪する場合。
B蛋白尿を起こす腎臓病が妊娠する以前または妊娠20週以前からあり、妊娠20週以降に高血圧が発症する場合。
★子癇(しかん) 死に至る可能性の極めて高い重篤な症状です。「てんかん」やその他の「二次的痙攣」となる病状を除外した上で、妊娠高血圧症候群が原因で妊娠20週以降に初めて痙攣発作(けいれんほっさ)を起こす場合。痙攣を起こす時期によって「妊娠子癇」「分娩子癇」「産褥子癇」に分類されます。子癇についてもっと詳しく・・・・こちらへ |
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その他の分類 |
★重症度分類
軽症 血圧が140〜160/90〜110の範囲内で、蛋白尿(尿で流れ出るたんぱく質の量)が1日量として300mg以上2g未満
重症 血圧が 160以上 / 110 以上で、蛋白尿が1日量として2g以上
★時期による分類
早発型 妊娠32週未満に発症するもの
遅発型 妊娠32週以降に発症するもの |
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妊娠中の管理 |
妊娠高血圧症候群の管理の基本的考え方は、母体の安全確保と健全な状態で出来るだけ成熟した赤ちゃんを産むことです。
したがって,妊娠高血圧症候群と診断したら母体と胎児の適切な病状の把握を行い、同時に重症化防止の対策を妊婦さんと共に行うことです。重症化した場合には胎児を早めに産むことによって母体から妊娠の負荷をとることが最も有効な治療方法ですが、その前に以下のような評価すべき事柄があり、その結果によって対応を決定しなければなりません。
@現在の病状は、軽症か重症か
A現在の妊娠週数は何週か
B母体の状態はどうか(妊娠の継続が可能か?)
C胎児の状態はどうか(産まれた後も危険無く成長可能か?)
D子宮収縮の有無,切迫早産徴候はないか
軽症、重症を問わず入院治療が原則ですが、軽症で入院管理していても入院中に重症化することがあります。一度重症となり脳や眼症状、肺水腫、心窩部痛、右季肋部痛、肝機能障害、血小板減少、子宮内胎児発育不全、胎児心拍の変化などが出現したら,妊娠週数や胎児の成熟度と関係なく妊娠継続を中止して、早急に赤ちゃんを産む必要が有ります。経腟分娩か、帝王切開かの分娩様式の選択が問題になりますが、母児のリスクを考えると帝王切開を選択することが多いです。 |
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予防方法 |
妊娠中の日常生活指導としては、安静と心身ストレスを避けることが重要です。また、妊娠高血圧症候群の予防には、軽度の運動と規則正しい生活を送ることが大切です。従来の妊娠中毒症の食事療法については、日本産科婦人科学会の指針により塩分制限と摂取カロリー制限が基本でした。しかし近年の考え方は、塩分制限よりも妊婦さんの妊娠以前の体格指数(BMI:Body
Mass Index)によってエネルギー摂取量を決める方法に変わってきています。
体格指数:
BMI |
BMI = 体重(キログラム)÷ 身長(メートル)2
たとえば、体重50kg 身長160cmとすると BMI = 50kg ÷1.62 = 50 ÷ 1.6 × 1.6
=19.53 |
標準体重 |
身長から標準体重を求めるには、BMI=22として算出します。
標準体重=身長(m)×身長(m)×22
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★妊娠中の所要カロリー
妊娠中の1日あたりエネルギー摂取量は、非妊時のBMIで変わります。
非妊時のBMI 24以下 |
30kcal×標準体重(kg)+200kcal
(これは非妊時の所要カロリーとほぼ同量となります。) |
非妊時のBMI 24以上 |
30kcal×標準体重(kg)
(標準型妊婦さんよりも減量する必要があります。) |
これは非妊時の肥満および妊娠中の過度の体重増加が妊娠高血圧症候群の発症や増悪に密接に関与するからです。
ご自身の妊娠以前の身長と体重からBMI を算出してください。
BMI 20〜22くらいが普通で、18未満はやせすぎ、24以上は肥満と考えてください。
★妊娠中の体重管理
妊娠高血圧症候群の発症予防には、適切な妊娠中の体重管理が重要です。
妊娠全期間を通じて許される体重増加は、以下が目標値になります。
BMI 18未満の妊婦さん |
10〜12kg増 |
BMI 18〜24の妊婦さん |
7〜10kg増 |
BMI 24以上の妊婦さん |
5〜7kg増 |
★塩分・水分・蛋白質摂取の変更点
「塩分」
塩分と妊娠高血圧症候群の関連性については、以前より妊娠中毒症発症に重要な因子となっていると考えられ、今までは塩分制限が、妊娠中毒症の治療や予防に有用と考えられてきました。しかし最近では、塩分制限によって妊娠高血圧症候群の改善はみられないという報告や妊娠高血圧症候群では塩分制限は必要でなく、むしろ厳重な塩分制限は母体循環血液量を減少させ高血圧を悪化させるなどの指摘があります。
日本人の平均塩分摂取量が12〜13.5g /日と他の国と比べて多いことなどを考慮して
正常妊婦 |
10g /日が適正摂取量 |
妊娠高血圧症候群 |
極端な塩分制限は勧められず7〜8g /日程度 |
「水分」
水分制限についても、妊娠高血圧症候群では循環血漿量の減少が認められるため、特別な場合以外は制限せず口渇を感じない程度の摂取としました。
「蛋白質」
蛋白質摂取については、従来は高蛋白食とされていましたが、このような高蛋白食は総カロリーが制限されている状態では、困難であるので見直しが図られました。
予防 |
1.2〜1.4g×標準体重/日 |
妊娠高血圧症候群 |
1.0g×標準体重/日 |
「その他の食品」
1)動物性脂肪と糖質は制限
2)高ビタミン食を推奨
3)多価不飽和脂肪酸には、血栓抑制作用があるとされています。
4)魚油に多く含まれているエイコサペンタエン酸は、妊娠高血圧症候群の病態を正常化し,脂質低下作用も有するとされています。
5)野菜や果物中のカリウムは、ナトリウムと結合して降圧作用をもつとされています。
食事療法は妊娠中毒症の「発症予防」および「軽症の場合」には治療法として有用ですが、重症の治療は「妊娠の継続中止」と「薬物療法である」と考えるようになり、食事療法は重症,軽症とも同様にしました。また、その他の病気を合併している場合は、その病気にあった内容に変更することとしました。
妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)は、発症してから治療するのではなく自ら予防することが最も重要です。 |
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薬物療法 |
★降圧剤
高血圧の治療に用いられますが、あくまでも血圧のコントロールを行うだけで、胎盤機能、腎臓機能、血液凝固能の異常、生化学検査などは治すことができません。治療によって血圧を下げる目標は160〜140/110〜90mmHgとします。あまり血圧が下がりすぎると子宮と胎盤を流れるの血液量が減少して胎児に影響を起こしてしまいます。
★硫酸マグネシウム
アメリカでは、治療の第一選択薬として使われています。国内でも最近使われ始めましたが、主に抗痙攣薬(子癇発作予防)として使われています。
★抗凝固剤
妊娠高血圧症候群は血液凝固亢進状態(血液が固まりやすくなっている状態)であるため、抗凝固剤を用います。 |
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妊娠のターミネーション(妊娠の終結) |
妊娠高血圧症候群の最良の治療は、妊娠のターミネーションすなわち分娩することです。母体にとっては妊娠期間を短縮することで症状の安定を図れますが、胎児にとっては妊娠期間が短縮してしまうと発育が未熟なまま胎外生活を余儀なくされてしまいます。そこで胎児の胎外生活可能な妊娠28週までは胎児を優先して可能な限り妊娠期間の延長を図ります。妊娠34週以降であれば母体を優先して考え早めに分娩誘発などを計画しますが、妊娠早期に発症した場合では妊娠経過とともに悪化する場合が多いため、入院管理しながら母体と胎児両方の状態を把握し、母体の臓器障害発症の可能性と、胎児の発育状態や胎内環境を考慮して分娩時期を決定します。
★ターミネーションの条件
次のような因子または症状があるときには妊娠週数にかかわらず、母体保護または胎児保護のために妊娠を終了しなければなりません。
1)母体因子
@治療にかかわらず症状が重症もしくは悪化傾向ににあるとき。
A子癇、HELLP症候群、常位胎盤早期剥離、胸水や腹水、脳内出血などの合併症の発症または前兆を認めたとき
B腎臓機能の悪化を認めたとき
CDICの発症を認めたとき
2)胎児因子
@胎児発育が停止したとき
A胎児仮死徴候(胎児心音の悪化または胎児低酸素状態)を認めたとき
B胎児の元気が無くなったとき(BPSの低下より) |
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合併症 |
妊娠高血圧症候群が原因で以下のような合併症を引き起こし、時には致命的な状態に陥ることもあります。妊娠高血圧症候群は、血管の内皮細胞の障害であるという考え方から分類しました。
血管異常を起こす部位 |
合併症 |
主な症状 |
全身末梢血管 |
高血圧、心不全 |
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脳血管 |
脳浮腫、子癇、脳内出血 |
頭痛、意識障害、運動障害、けいれん |
後頭野の浮腫 |
視力障害 |
脈絡膜血管 |
網膜はく離、網膜虚血 |
肺血管 |
肺水腫 |
呼吸障害 |
上部腸間膜動脈、肝動脈 |
HELLP症候群 |
上腹部痛、吐き気、嘔吐 |
腎臓血管 |
腎機能障害 |
蛋白尿、乏尿 |
子宮や胎盤の血管 |
常位胎盤早期剥離 |
子宮の圧痛 |
子宮内胎児発育遅延 |
子宮の大きさが小さい |
胎児機能不全 |
胎動の減少 |
血液の変化 |
血液濃縮 |
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DIC |
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溶血 |
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その他(血管以外) |
急性妊娠性脂肪肝 |
吐き気、嘔吐、上腹部痛 |
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